特産品のビジネス化で愛川町の発展を目指す
-『愛川和紙細工』米田博行さん・芳子さん
美しい日本特有の手漉(てす)き和紙や友禅染(ゆうぜんぞめ)和紙を用い、プラチナ・金・銀箔・螺鈿(らでん)で装飾を施した『愛川和紙細工』は、神奈川県愛甲郡愛川町の特産品として、また神奈川県の水源地域の特産品『やまなみグッズ』として認定されています。
今回は、『愛川和紙細工』を考案し、開発を続ける『芳雅美術工芸』(ほうがびじゅつこうげい)の米田博行(よねたひろゆき)さん・芳子(よしこ)さん夫妻を訪ねました。
『愛川和紙細工』の創作の喜びを広めるとともに作り手を育てるための教室を各地で開くなど、精力的に活動されるお二人に、その魅力と今後の展望についてお話を伺いました。
自由な発想で新たな価値を付与する“アップサイクル”
-協力し合って活動を行う米田夫妻。
-愛川和紙細工とはどのようなものですか?
芳子さん:多種多様な和紙の素材を活かし、また友禅模様を切り抜きデザインして木材やアクリル、金属などの素材に貼り、ウレタン樹脂を塗布するなどで加工した工芸品の総称です。人形や折り絵、カスタムジュエリーだけでなく、箱や家具類などの実用的な物にも装飾可能なので、作り手の自由な発想で創作できます。
博行さん:大きな特徴としては、合成漆(ウレタン樹脂を含む合成樹脂)といわれる塗料を使うことで、漆に似た風合いとともに強い透明感が出ることです。その特徴を生かして、和紙を幾重にも貼って塗ると奥行きが生まれ、和紙を梳(す)いた跡なども残り、独特の風合いを保つことができます。また、和紙が毛羽立ったり色褪せたりせず、美しい状態を長年にわたり保てるなど、実用性も兼ね備えています。
ー独自の透明感で平面の中に奥行きが感じられる
ー板締め(畳んで染めてぼかし染めする技法)によるふくよかな優しい印象は和紙独特の風合い
ー金線は純金の箔押しで描かれ、和紙と重なることでさらに立体感が出る
博行さん:愛川町には昔から『海底(おぞこ)和紙』という伝統的な和紙があり、それを手漉きする職人の方とも仕事をしています。和紙の原料となる楮(こうぞ)の繊維を砕き、細かいものと粗いものを一緒に梳くと、このように雲龍(うんりゅう)と呼ばれる白い模様になるんです。
-和紙の原料となる楮の葉をあしらった作品
芳子さん:他の塗物と違い、何度も厚く樹脂を塗り、仕上げ塗りの前にヤスリをかけて平らにします。一回の塗装に表面張力の限界近くまでたっぷり塗るので、上を向いた面しか塗れません。1面を塗って乾燥するまでは乾燥機を使っても3〜4時間かかります。その間の落ち着かせる時間を入れると、6面ある箱一周の塗装に3日ほどかかります。だいたい1面につき、慣れた方で12〜13回塗り、それが6面ですから、仕上げも入れると100回ほど塗り重ねることになります。仕上げ前のヤスリは水をかけながらですので、勿論、作品は水洗いも可能なんですよ。
博行さん:塗装1回分の厚さに比べると、和紙は思っているより表面の凹凸(おうとつ)が深いんです。それが平らになるってことは、それだけ塗料を何度も丁寧に塗らないといけないんですよね。特に螺鈿(らでん)など厚いものもありますし、複雑なものを作れば作るほど、それだけ塗る回数が増えていきます。
ー平安時代に貴族が遊んだ貝合わせ。シジミも作品の素材に
ー玉子人形―ふっくらした紙人形を作るために卵の形状を利用した作品
-発想次第で様々なものができそうですね。
博行さん:例えば、傷のついたお盆に『愛川和紙細工』の技法を使うと、全く別な新品のお盆になります。不用品の再利用は“リサイクル”と言いますが、こうしてまた別物として新たな価値を生み出すのは、今は“アップサイクル”と言うようですね。
芳子さん:教室の方たちも、今までは素通りしていたゴミ収集所も、教室で作るようになってからは、良さそうな空き箱を見かけると「ん?」ってなるようです(笑)。旅行の出先などでも、何か使えそうなものはないかなと、物に対する見方がちょっと変わりますよね。さらに愛川町の特産品として、この技法を残していきたいなと思った時に、この装飾を施したキーホルダーや袋物を考えたんです。そういう物も加えると、お安いものは1,000円位から、高価なものは数十万円といった幅で品揃えができます。比較的手軽な物から高級な物までご要望に応じられるので、選ぶ方々も楽しんで頂けるかなと思い作っています。
社会との接点をつなぐ自信と生きがい
-「愛川和紙細工」発案およびデザインを担当する芳子さん
-どのようなきっかけで、「愛川和紙細工」を作り始めたのでしょうか。
芳子さん:始めた当時、ダンボールに和紙を貼ってティッシュのケースを作るのが流行(はや)っていて作ってみましたが、すぐ擦れてしまって。木などの別の素材で試作を重ねている時に、隣で夫が木のサラダボールの修繕で樹脂を塗っていたんです。それで「これにも塗ってみよう!」と思いついて。それが始まりでした。
飾り物はある程度の数を作ると、家中がそれであふれてしまうなどどうしても限度がきちゃうんですよね。でもこういう実用的な工芸品はたくさん作っても使えるし、プレゼントするにもいいし、作り過ぎて困るということがありません。私も一応主婦なので、実用的で汚れたら洗って、ずっと綺麗なままに長く使える物を作りたいですしね。
-主にビジネス的なサポートをしている博行さん
博行さん:私はもともと自衛隊の飛行機の機長をやっていましたが、定年退職してから一緒にこの教室を始めました。引き出しなどの土台をパーツから作る時に、設計図を描き材料をカットしたり、デパートの催事などで販売するため教室の生徒さんたちが作ったものを預かって、データベースで管理しています。
-売り物となると、生徒さんもしっかりした物を作りたいと思いますね。
芳子さん:お買い上げ頂く事は、自分の自信にもなりますし、責任を待たざるを得なくなります。上手になるためには販売品を作るのが一番良いのです。
博行さん:この教室で作ったものを誰かにあげるにしても、単なる“手作りのもの”ではなく、しっかりと値段がついた実際の売り物をプレゼントしているという意識が身に付き、自然により高い品質のものを作ろうという向上心に繋がります。
芳子さん:だから、差し上げた方にもストレートに価値をわかって頂けるんですよね。ただ実際に販売する際は、お買い上げ頂ける価格を付けないといけません。作り手は、こだわりを持ち手間暇かけて作った作品を「この値段で売るのか…」という気持ちになるのはわかります。やればやるほど時間がかかる物ですから。そこを、お金の多寡だけでなく自分の生きがいにもなっている方や、そもそも作ることが好きな方に向いていると思います。
-透明感を生かして葉の葉脈を見せる、繊細な加工が施された髪留め
-生きがいとして社会参加ができるのですね。
芳子さん:私はもともと文部省の事務官だったんですが、結婚していざ家庭に入ったら、社会に開かれた窓がこの人(博行さん)だけで。なんだか井戸の中にいて、底から外界をずーっと覗いているだけのような感覚で、「これは嫌だ!」と思ったんです。
私たち団塊の世代は、一生懸命働いて定年になって、その後は年金をもらうだけの日々を過ごす…ではあまりにも寂しい。だから、こうした活動を通じて皆さんが活き活きと、ちょっとした社会参加をすることで生きがいにしてもらえたら良いなと。ひいては、この愛川和紙細工の技法が後世に残り、『作って楽しみ、使って楽しむ』といった、多くの人の楽しみの一助になってくれればと願っています。
特産品から愛川町を世界へ広めたい
-教室の一幕。制作に必要な工具がなければ自作する博行さん
-ここ愛川町に住もうと思ったのはなぜですか?
博行さん:家内が広告を見て、案内してもらったら気に入ったようなのでここに決めました。この辺り(教室が開かれているレディースプラザ(愛川町中津公民館))は、住むには困らないくらいの賑やかな街で、周辺には自然豊かな…ちょっと豊かすぎるくらいですが(笑)、田舎の風景が広がるのがいいと思いました。
実際に住んでみても、ここは『ふるさと』って感じがするというか。童謡「ふるさと」の「兎(うさぎ)追いし かの山 小鮒(こぶな)釣りし かの川」が全て残っているところがいい。
ずいぶん前になりますが、2003年に愛川町が『まちづくり事業』の一環で、町の活性化のアイデアを募集したことがありました。その時、他にない私共が考案した日本唯一の工芸ですので、愛川町の特産品として育てていければと思い、『愛川和紙細工』という工芸品名にして応募したのです。
芳子さん:全国を転勤して回って、たまたま愛川町に住もうと思い、ここでも教室を始めて。できればこういった細工物を、愛川町の地場産業として後世に残して行けたらいいなと思います。例えば都市部の人達が遊びにきた時に、愛川町にはこういうものがあるんだよって言えることで『愛川和紙細工』や『愛川町』が世界中に広がってくれれば嬉しいです。
-「次から次へと作りたいものが出てきてしまう」と、十何年も通っているという生徒さん
-今後はどのようなことをやっていきたいですか?
博行さん:『愛川和紙細工』で起業をする人を増やしたいです。技術を習得した人が、それぞれ個人事業主としてビジネスを成立させることで、長く続くものにしていきたいと思っています。
芳子さん:世の中に必要がなければ残らないでしょうけど、生活の中に創作を楽しめるような潤いがあった方がいいじゃないですか。今はデパートなどの催事を不定期に開催するだけで、常時置いているのは『県立あいかわ公園』のパークセンター特産品販売所だけですので、他にも常時販売させて頂ける場所を探して、もっと皆が作った作品が売れるようにしたいと思っています。そうしたら起業する人も出てくるかもしれない。
博行さん:最近の面白い動きとしては、2018年10月に配電盤などの板金機器を扱う企業の『古川電気工業株式会社』とコラボレーションしました。パソコンの外装本体表面を「愛川和紙細工」で装飾加工した作品を、東京ビックサイトで開催された「モノづくりマッチング Japan2018」という大きなイベントに出品展示しました。
芳子さん:無機質なパソコンが並ぶ事務所は殺伐として寂しいので、『癒しと潤いのある風情』にしたい、『源氏物語風に日本の四季を入れて』というオーダーでした。
-愛川和紙細工を施したパソコン本体
博行さん:その会社は、金属に色々な模様を施す加工もできます。加工した金属素材を生かし、和紙と合わさって更に奥行きがでる。単に塗るだけでは出せない趣(おもむき)が、私共の技法で表現することができました。
芳子さん:今後は2020年にオリンピックもあるし、日本的なお土産として打ち出せないかなとも考えています。以前、私共の郷里の秋田で催事に参加した時は、オリジナルデザインの袋物を作成し、好評を頂きました。外面に国重要無形民俗文化財になっている『竿灯(かんとう)』、最近ユネスコ無形文化遺産にもなった『男鹿のなまはげ』をモチーフに、内側は『あきたこまちの稲穂』のイメージをデザインしました。意外ですが、この秋田のお土産品が、ここ愛川の販売所でもお買い求め頂くことがあるんです。
『日本の手漉き和紙』もユネスコ無形文化遺産に登録されていますし、小さくて手軽に持って帰れるお土産として、海外の方向けにデザインしたものを提供できればいいなと思っています。
芳子さん:海外の方のお買い上げで一番印象的だったのが、日本に出稼ぎに来ていたフィリピンの方が、帰国前に奥さまのお土産を探しにいらしたんです。フィリピンの物価からすると、どうしてもいいお値段になってしまうので、一度諦めてその場を去られたんですがしばらくして戻って来られて「やっぱり買いたい。一番安いのでいいから」とお求め頂いたことが嬉しかったです。
博行さん:中国の結婚式のお土産にハマグリの工芸品を持って行った方がいるのですが、一族に歓迎されて何泊もしたらしいですよ。世界でひとつしか組み合わせがないというハマグリの由来があるので、結婚のお祝いにあげる方が多いんです。ハマグリ1個で大歓迎。味をしめて、次行く時もくださいって言われました(笑)。
-今後の展望を語る博行さん
-事業として成り立つことが、作り手の喜びだけでなく技術の継承にも繋がるということですね。
博行さん:技術の継承という点では、ある程度若いうちからやった方がいいと思いますが、今の人は忙しかったり、余裕がなかったりするからね。リーマンショック前は起業を考える人もいたけれど、今は会社勤めする人が多いからね。
芳子さん:定年になってからやりたいと言ってくれていた人もいますが、今は定年後も働く人が多いから。他の工芸の職人さんもどんどん少なくなってきていて、『物作り日本』と言われてきましたが、今後はどうなるかと心配になります。何事にも効率が優先される時代ですが、人間には美しいものが必要です。目に見えない物を大切にすることも忘れないでと思います。
博行さん:でも寿命も伸びているから、70才から習って80才で起業をするのも全然問題ないんですよ。だって必要なのは『時間』で、設備投資がほとんどいらないから。
『愛川和紙細工』の特徴のひとつは、人間の手とハサミと竹串とか、ほんのちょっとしたモノで、特別な道具はいらないことです。確かに和紙を自分で全部買い揃えるのは難しいけれど、私たちが提供するし、必要なものも準備してセットして、完成まで私たちがサポートします。『教室』ですから。意欲さえ持って継続して頂ければ、すぐに売れるレベルのものが作れるようになります。
芳子さん:興味を示す方は意外と男性が多いんですよ。華やかな箱を若い男性が買って行ったりもします。
博行さん:でも教室を見回してみてください。ご覧の通り、やっぱり女性が強いんです(笑)。
お二人の生み出した技術で美しく輝く愛川和紙細工。
活の中に取り入れるもよし、教室に参加して愛川和紙細工の継承者となるのも素敵ですね。
興味を持った方はぜひ芳雅美術工芸のホームページをご覧ください。
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