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心を支えてくれた寄せ植えで「ふれあいの輪」咲かせる ブルーベリー農家 八木啓子さん
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相模原市緑区で農園「ローズベリーファーム」を息子と経営する八木啓子さんは、令和5年から宮ヶ瀬湖を一望する北岸の高台にある交流施設「鳥居原ふれあいの館(いえ)」(相模原市緑区)を拠点に、自らのライフワークである季節の草花を使った寄せ植え教室を開くなど、かながわ水源地域の案内人として活動に取り組んでいます。八木さんの活動の原動力は、自然と触れ合い、地域の人々との交流を深める喜び。人生を前向きに楽しむ明るい笑顔が、地域に心地よい温もりを与えています。
営業職から農業へ。喪失感から立ち直った人生の転機
八木さんは元化粧品会社の営業職で、全国を飛び回るように仕事をしていましたが、八王子市でデザイン事務所を営んでいた夫の病が発覚したのを機に退職。最愛の夫に寄り添うようにして看取ったのは平成13年、47歳の時でした。夫を失った悲しみから心にぽっかりと空いた穴。それを埋めてくれたのが、思い付きで始めた草花の寄せ植えとブルーベリーの畑作りだったといいます。
「夫のデザイン事務所は閉め、多少の蓄えもありましたから、しばらくは何もせず下を向いて過ごす日が続いていました。そんな時間を埋めるように寄せ植え作りを習い始めると、弱っていた心が励まされ、気持ちが外へと向くようになったんです。仕事にしようとは思わなかったけど、自宅のデッキでお教室を開くようにもなりました」と話します。
相模原市緑区の夫の実家にあった畑で土に触れ始めたのも同じころ。肩を落として過ごす八木さんの姿を見かねた息子から、義父がビニールハウスを組み立てるから一緒に手伝おう、と誘われたのがきっかけ。力仕事をすれば少しは気が紛れるだろうと、畑に行ってみることにしました。
「作業が終わる頃、ほっとして遠くを眺めると、城山に日が沈むところでした。それがあまりにも美しかった。お義父さんからは『啓子さん、夕日を見てきれいと感じられるって幸せなことだね』と言われて。確かに今の私に幸せだと思わせる自然ってすごいな、土ってすごいなと思えたんです」
それ以来、夫のデザイン事務所に勤めていた息子と義父の農作業を手伝ったり、遊びを兼ねてバラや果樹を植えて過ごしたりするようになったといいます。
緑区の農園で果樹の手入れをする八木さん
いつの間にか本業に。ブルーベリー農園とジャム作り
畑いじりを始めたばかりのある日、偶然通りかかった年配の男性から声を掛けられ、近所でブルーベリー農園を営んでいると聞かされました。そういえば自分もブルーベリーを育てていると、ホームセンターで買って植えたばかりの幼木を得意そうに見せたところ、男性から「それじゃあ収穫まで何年かかるか分からないから」と言われ、背丈ほどのブルーベリーの果樹30本を譲られたそうです。
「それが想像以上に実を付けて、収穫しても食べきれず、ジャムにして知人にもあげました。翌年、その知人からあのジャムがまた欲しいから売ってくれと言われ、売り物じゃないからまたあげるって断っても、それじゃ困ると。それなら作って売りましょうというのが始まりでした。摘み取り農園にする気はなかったけど、息子と相談してジャムを作るためにブルーベリー畑を作ろうということになった」と話します。
現在の農園。800本を超えるブルーベリーが植えられている
その年から木を買い足したり、挿し木で増やしたりしながら徐々に耕作を広げ、約20年経った今では800本を超える規模のブルーベリー農園になりました。収穫期の7月と8月だけは人を雇い、虫食いのない実を一粒一粒、選別して摘み取ります。ジャムにするのだから虫に食われた実でもいいじゃないかとも言われますが、農薬も添加物も使用せず、良い粒のみを使うというのが、ジャムを作る八木さんの矜持。郵便局の「ふるさと小包」を通じて全国から注文が届くようになり、1度に10個、20個と取り寄せる常連客もつくようになりました。企業の販促用にオリジナルラベルの商品が欲しいという発注も寄せられています。
7月から8月にかけて、丸々と育った実をつけるブルーベリーの果樹
「ジャムは私が一人で手作りしていまして、息子がデザインの仕事をしていたので、商品のラベルも全て内製して貼り付けています。だから、作ると同時に出荷するような感じで、在庫はほとんどありません。朝に注文の電話があって、今はないけど夕方までなら何とか用意できそうとか。いつもそんな感じです」と首をすくめて苦笑いを浮かべます。
〈上写真〉八木さんの作っている(手前から)八朔のマーマレード、ブルーベリー、イチジクのジャム。ブルーベリーのジャムはやまなみグッズに登録 〈下写真〉たっぷりの果実を使ったジャムは全て八木さんの手作り。写真はイチジクのジャム
鳥居原ふれあいの館で自然と人と触れ合う喜び
鳥居原ふれあいの館で活動を始めたのは、かつて自らの心を励まし、今も仕事の息抜きで作り続けている寄せ植えがきっかけでした。作品が増えて自宅に置き場もなくなったことから、息子が農閑期に手伝いに行っていた同館に置かせてもらえないかと持ち掛けたところ、館長の坂本勝津雄さんが快諾。同館のエントランスに飾られるようになりました。これがやがて「かながわ水源地域の案内人」という新たな道へと八木さんを導くことになります。
エントランスに飾る寄せ植えはハロウィンやクリスマスなど、シーズンに応じて八木さんの気分次第で作るという約束。飾りを見て購入したいという声が寄せられるなど、今では施設のちょっとした名物になっています。「置いて見てもらえる場所があるのは、作りがいがあり、とても幸せです」と感じています。
エントランスに飾られた八木さんの寄せ植え。季節感のある彩りが風物詩となり、来館者を楽しませています
同館へ訪れる機会が増え始めると、そこで目にする宮ヶ瀬湖の景色や出会う人との交流に次第にひかれるようになりました。同館の駐車場はツーリングで休憩するバイク乗りが多いことから、屋外でカフェを提供できたら喜ばれるのではないか。坂本館長とのそんな雑談から、ブルーベリーのスムージーをキッチンカーで販売する活動も始めるようになりました。生産者である強みを生かしたスムージーは、1杯に100gもの実が贅沢に使われ、それを目当てに訪れる人もいます。
「キッチンカーにしても、寄せ植えにしても収益を目標にしたら大変。商売ではなく、面白いと思えることだからやっていられる。私の職業はあくまでもブルーベリー農家のジャム作りおばさんですから」と話します。
キッチンカーは晴れた日の土・日曜限定(収穫期の7・8月を除く)に出店
四季の草花の案内人として、季節の寄せ植えを指南
かねてから、かながわ水源地域の案内人を務めていた坂本館長からの推薦で、令和5年3月から八木さんも案内人としての活動をスタート。四季の草花を案内するとの役割が期待され、エントランスに飾って好評だった季節の草花を使った寄せ植え作りを指導することになりました。教室は年数回、参加費は1人2,000~3,000円程度で、材料の花苗や容器を仕入れると、ほとんど赤字。それでもお金にはかえられない価値を感じているといいます。
「花が好きで参加してくれた方々と手を動かしながらコミュニケーションをとる時間が、仕事で忙しい日常からの逃げ道ではないけれど、いい気分転換になっているんです。みんなが楽しくなって笑顔で帰ってくれるのが、何よりのご褒美」と声を弾ませます。
真剣に作業する参加者の心を和ませるように、冗談も交えながらアドバイスをして回る八木さん
12月上旬に開催された教室には、午前と午後に分かれて約30人の女性が参加しました。過去に八木さんの教室を受講したことがあるというリピーターがほとんどです。受講者の一人は「八木先生の講座は珍しい寄せ植えが多く、毎回楽しみにしています」とにっこり。
今回は、土を敷いた円形の籠にビオラや葉ボタン、シロタエなど数種類の苗を植え、季節を感じさせるリース飾りに仕上げるという内容。使う材料は同じながら、草花の配置の仕方で作り手の個性が出るといいます。車座になって作業する参加者の元をくるくると飛び回って助言を与え、時折交える世間話で笑いが巻き起きる。八木さんの教室は、そんな温かい雰囲気も魅力の一つです。
参加者の一人は仕上がった寄せ植えをほれぼれと眺めながら、「前回参加して作った寄せ植えは今でも家に飾ってあります。先生の人柄と花を見て癒されて、気持ちがすっきり明るく、元気になって帰れるんです」と目を輝かせていました。
完成したリース飾りを手にする参加者。飾り方や手入れの仕方も教わり、満足そうに作品を持ち帰っていました
「みんながつながっていけるような魅力ある場所に」
「都会のような特別な何かがある土地ではないですが、朝もやのかかる時間、夕日が沈む時間、ここからの宮ヶ瀬湖の眺めが本当に素敵。これは、お金を出しても得られない景色です。ここに来れば、たくさんの方と出会えるし、ざっくばらんな人ばかりで気取らずに過ごすことができます。農業は自分だけで完結し、他との交流がありそうでない職業ですから。こんなコミュニティの拠点があって、本当に恵まれていると思います」
インタビューで地域の魅力を生き生きと話す八木さん
美しい自然の景観と人との交流に触れられる場所。区内にある自宅から車で30分ほど離れた鳥居原ふれあいの館を訪れるたび、この地域に住む喜びをかみしめるといいます。令和5年から活動しているかながわ水源地域の案内人も、そんな地域に密着した自分の人生に彩りを与えてくれる道であると前向きに捉えています。
「ブルーベリー農園は偶然に30本の木を譲ってもらったことから始まり、20年後、まさかこんな風に転がっていくとは思いもよりませんでした。お義父さんからも『スーツを着て、高いヒールを履いて仕事に行っていた啓子さんが、まさか畑をやるとは思わなかった』と。そういう実感が経験としてあるので、70歳を過ぎた今でも、これがやりたいという人生の選び方をしないとつまらない。自分の行きたい道を見つけて楽しんだもの勝ちだなと思っています。私自身が楽しんでいれば、地域を訪れた方にも楽しさが伝わるはず。坂本館長もそんな広がりを期待して、案内人に推薦してくださったのではないでしょうか」
八木さん(左)をかながわ水源地域の案内人に推薦した坂本館長(右)。地域の魅力を発信する同志として今後も活動の輪を広げていきます
本業の技術を生かしたブルーベリージャム作りの教室も昨年好評だったことから、定番となった寄せ植え教室だけではなく、今後はさまざまな楽しみ方を提供していくつもり。都内で過ごしていたからこそ分かる水源地域ならではの魅力も外に発信し、都市部からの人との交流も広げたいと考えています。
「ここの利用者は高齢の方も多いですが、みんながずっと元気にこれからも5年、10年ってつながっていけるような魅力ある場所にしていきたい。そのために自分も勉強し、皆さんを飽きさせないように、提供できるものを増やしていかないと。以前住んでいた八王子のお友達にも遊びに来てもらっていますが、外の人が楽しい所だと発信してくれたり、他の誰かを連れて来てくれたりという、そんな循環も生んでいければ」と笑顔で話していました。
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